■町工場のオヤジ
東京都大田区の町工場にMP技研という会社がある。社長は天野光啓・63歳。天野社長は4人兄弟の長男で板金屋に生まれ、疑うことなく株式会社天野を継いだ。株式会社天野は、照明器具関係の設計から板金加工を含んだ製品の製作を行っていた。
天野社長はシャープのポケコン(PC-1262)で、機械(ベンダー)で曲げる際のデータを入力すれば実際曲げるのに必要なデータや、曲げた後に得られる材料形状寸法などを試し、曲げなしで数工程先のデータが計算出来るプログラムを自分で開発した。その「ヤゲン曲げ計算機」は仕事に使うだけでなく、一部仲間にも販売した。
そのプログラムを使うと機械で曲げた後の製品寸方の誤差がほとんどなく、これは職人の経験値を随所に織り込んだ、職人であった天野社長にしか作れないプログラムだった。
天野社長は業態の転換を図って、その会社を弟たちに引継ぎ、自分で新たにMP技研を起こした(「MP」とは、メタルプレートのこと)。
■パソコンとインターネットの時代
パソコンの時代になり、市場からポケコンが無くなった。
2000年5月、天野社長は以前ポケコンで開発した「ヤゲン曲げ計算機」をパソコンで動くように作り直したいと思い、ノートパソコンを買い東京都主催の初級パソコン教室に参加した。
その教室で講師が言うことはさっぱりわからなかったが、天野社長はホームページというものがあることを知り、自分のプログラムをインターネットを使って世界に販売したいと思った。
天野社長は、ノートパソコンをかついでパソコン教室の講師の会社に向かい、自分の構想をどうやったら実現できるか相談した。
プログラム開発は、手軽さ、習得の早さなどを考えマイクロソフト「エクセル」で作ることにした。インターネットで自分のノウハウを公開するので、特許の申請もした。
■エクセルで開発
こうして、2000年8月、天野社長はプログラムの開発にとりかかった。初めて使うエクセルだったが、市販のマニュアル本と実際に使ってのトライ&エラーを繰り返し、なんとか自力で身に付けた。
天野社長は、パソコンを知れば知るほど、その可能性にワクワクし、持ち前の完璧主義も手伝って、プログラムは当初の計画より膨大なものになり、作業は毎日、昼から朝の4時くらいまで続いた。
■プログラム公開
2001年9月8日、自分の誕生日にようやくホームページでプログラムVer1.0を公開した。構想から1年8ヶ月かかった。
ホームページ作成は業者に任せたが、プログラムの方は世界中のどこを探しても、同じようなものは存在しなかった。
天野社長はホームページがオープンすれば問合せが殺到すると思っていたが、そうではなかった。3週間が経った頃、検索エンジンにキーワードが登録され出し、知らない人からのダウンロードを知らせる通知が来たが、問い合わせが少ないことに天野社長は、イライラしていた。
役に立つホームページを作っても誰も利用してくれない。このホームページの存在を板金屋に知らせることはできないものだろうかと考え、(財)東京都中小企業振興公社(
http://www.tokyo-kosha.or.jp/ )の毎月発行のビジネスサポート誌に広告を掲載することにした。
広告が掲載されるとダウンロードを知らせるメールが増え出した。ホームページを作っただけではダメ、待っていてもお客さんは来ないということを実感した。
■開発は続く
今後の天野社長の課題は、
1.「ホームページの告知の問題」
2.「ダウンロードしてくれたお客さんとどう付き合うか」
3.「プログラムをもっと高度に使いやすくする」
4.「機械の前で計算できるようにPDAでも使えるようにしたい」と考えている。
1については、お金をかけずに効果的にするにはどうすれば良いのか。
2については複雑な計算については計算代行も行うことにした。
3・4については、エクセルで開発したこれは開発言語の変更や使用事例集を増やすことなどを考えている。
さらに天野社長は、ホームページを板金屋が集える場にしたいと考えている。そしてプログラムを世界に発信して汎用の職人データをPRしたい。
天野社長は、このプログラムで(財)大田区産業振興協会主催の第13回大田区中小企業新製品・新技術コンクールに応募(http://www.pio.or.jp/bosyu/sssg/sssg.html)もしている。
自分と同じように困っている板金屋が世界中にいるかぎり、天野社長のプログラム開発と夢への挑戦はまだまだ続く。
(文責 中島正雄) |
